2020-12-29

なんでもない日に


なんでもない日に、ショートケーキを焼いたりクッキー缶を作ってプレゼントしたりするのは楽しい。


年内のブログの更新はこれで最後かな。今月はいっぱい投稿してみました。よいおとしを。

2020-12-25

思うこと


なかなか売れず仕事も少ない、でも尊敬する絵描きがいる。妥協をしないので、ものすごく時間がかかる。売れるように、みんなが気に入るように 喜ぶように取り繕って描くのをいやがる。
芸術活動をしていれば、何かに揉まれて棄てられた、落としてしまった宝物が、多くの人にはあると思う。彼はそれを守りながら歩き、落としたらその都度回収してまわっている。ほかの誰かが落とした宝物まで回収して保管しているようにも思える(…)

世間がよろこぶ絵を描けば(それだって簡単なことではないけど)売れて生活が豊かになるけども、その選択肢を素通りしてでも自分の大切な物を守る姿勢は、なかなか難しい。
(誰かによろこばれるように描くことが間違いとか、ひとつの思想を持ち続ける事だけが正しいと思っているとか、生活のために描く絵の意味が無いとか、きらいだとか、そういうふうに思っているわけではありません。) 

私は、表面的なうつくしさだけではなく、絵にも散らばるそんなやさしさがとくに好きで、尊敬している。
私には、芸術家として、正しい道を通って来ているように見えるのだけど、現実では、なかなか観てすらもらえない。そんな状況がやりきれない。

説明とか、解説とかを受けて見るんじゃなくて、自分の感性だけで何かを観る考えるという事が大切な気がするけど、すぐに投げ出されてしまうのだろうか。
…それは、そうさせないために、こちらが譲歩するべきなのかもしれない。そうしないとなにも始まらないのかもしれない。

コミュニケーションってむずかしい。
頑張ろう。正しいことをしている人たちが、報われるように うまいことやりたい。
いつも私の絵を見てくださっている方々は、本当にありがとうございます。絵に代わって私が。絵を観てもらえるって本当に幸福なことだと思う。自分しかいない星に生まれたら、心のどこかでいつか誰かの目に触れる事を信じて絵を描く気がする。
いや、実際そうでもないのかな?(…)

2020-12-20

ホライズン・ブルー


素敵な色の絵の具を見つけたら買うようにしている。これは小さな画材屋さんで買った三色。「ピンク」「ホライズン・ブルー」「シャトルーズ」。
ホライズン・ブルーは名前もいい。家に帰って確認してみると別のメーカーのホライズン・ブルーも持っていた。

色との出会う場所、名前、意味、パッケージデザイン…なんかは、けっこう重要な事みたいだ。ウキウキする絵の具を使うとだいたい絵がうまいこと行く。

最近はゲームミュージックを聴きながらよく絵を描く。昨晩はアンダーテイルとマザー2のサウンドトラックを長い時間聴いていた。
夕暮れな気分のときは「さよならを教えて」の「流れとよどみ」がサイコーです。自分の絵にもBGMがつけばいいのにな。
動き出せばもっと楽しいのにな。


青森からのヒヤシンス ゆっくり育つ

2020-12-17

黒い雨の夢


私は50号くらいの大きなパネルを前に何を描こうか長い間悩んでいた。回りの人たちは完成に近づいていたけど、まだ真っ白だった。
どうしたもんかと下書きもせず、とりあえず黒色の絵の具のチューブを絞って雨の絵を描いたら、それがすごく良い黒で、黒い雨は本当に雨になって絵の中で降り出した。高架下から傘が、つぎつぎ出てくる。
この場所は知らないけど、夢の中で歩いたような気がするなあ、と思ったところで目が覚めた。
昨晩見た夢の話。ちょっと名残惜しかった。画像は関係ない絵です。

2020-12-12


どちらも同じユリを描いた絵。
こういう絵にしたい、ワタシが描きましたよ!、なんていう気持ちより、花を見たときの素直な印象を尊重しようと思ってあれこれ試して描いている。


2020-12-02

夕ぐれ

 


▲岡真史さんの詩を聞いて描いた。

くもも 空も まっ赤にそまる
ぼくも 仲間だよ ね
ほら 全身 まっ赤だよ

2020-11-28

 


秋に寅印さんでアップルパイを買いに行った時の写真。白い電信柱。


2020-11-26

「還る絵」ありがとうございました/おしらせ/日記

 




先日でTOWEDさんでの展覧会が終わりました。
まだ芳名帳を見れていないので誰が来てくださったか把握出来ていないのですが、皆さんありがとうございました。企画して、お誘いしてくださった綱田さんにも感謝です。


展覧会で飾った花の絵は、おしらせ葉書を見て欲しいと思った方が買ってくれたそう。すごく嬉しい。
最終日、一緒に展示した作家さんのマメイケダさんと阿部龍一さんとお話しした。
お客さんとして作家さんと少しお話する機会は数回あったものの、自分も作家として他の作家さんと話したのははじめてかもしれない。すごく楽しかったけど、自分が作家として扱われるのが恥ずかしいというか、ただ絵描いてるだけの人間なのにそうやって呼ばれる事への違和感がすごかった。
曳舟は父の地元で、祖父母が住んでいた団地が会場のそばにある。去年個展させていただいたpockeさんも祖父がかつて展覧会をしていた(らしい)と聞いていたので、このご縁は祖父からの贈り物かなぁなどと思う。
 
家から会場を向かう道のりでは美しい景色をたくさん見た。
灰色の作業服を着たおじさんがシルバーの車の上に乗り、白いアパートの点検作業をしていた。住宅街の中に美しい廃墟があり、駐車場だった場所で少年2人がユニフォームを着てサッカーをしていた。1人の少年が転んで怪我を負ったので、絆創膏を準備したが、すぐに立ち上がってカーカー笑って再会していた。そんな美しい景色の連続!
曳舟はとても美しい場所ですね。

今日の夕方には、西荻窪URESICAさんでやっているnakabanさんの展覧会に行って来た。
今一番行きたいどこかを旅してきたような気分になった。彼が生きて絵を描いてくれたら、たとえ病気になって動けなくなってしまっても旅行に行けるなと思った。
描いてる姿を見られたのが嬉しかった。
ねつっぽくない方、ぜひ!→ 

★おしらせ:ホームページを作りました。まだまだ改装していく予定なのですがとりあえず公開したのでよかったら見てみてください。よろしくお願いします。→[zousan kouen]



▲最終日の会場のようす

2020-11-21

 



真夜中に描く白チューリップ(つぼみ)

2020-11-03

企画展がはじまりました。

曳舟にあるギャラリーTOWEDにてグループ展()が始まりました。よかったらお越し下さい。
在廊日は決まっておりません。
(!)今回の展覧会を企画してくださった綱田康平さんも、近くの清澄白河で絵を展示されてます。11/9まで。曳舟から半蔵門線ですぐつくので、一緒に是非 →★ 


▲この絵も飾ってあります。

2020-10-22

還る絵 /展示のおしらせ




企画展に参加させて頂く事になりました。
今回はお声掛け頂いてから描き始めたもののみを展示する予定です。
今年はコロナ騒ぎがあり、個展を諦めた中でのお誘いだったので、(メンバーにビビりながら)張り切って制作しております(今も)。
前回の展覧会ではアクリル絵の具で描いていましたが、今回は油絵の具も使ってみました。
人ごみと、休館日には気をつけてお越し下さい。

市村 柚芽

ギャラリートウドへのリンク→

2020-10-19

キンモクセイの町






半年ぶりに会った友人と歩いた景色を現像すると、夕暮れの色で満ちていた。

 

2020-10-15


   なまあたたかい春の台風


描くものを変えることは簡単に出来るけど、描きたいものを簡単に変えることは出来なかった。(当たり前かもしれないけど)

変化することーそれはパンを発酵させるみたいに、長い時間が必要だ。なにか行動を起こすより、何もしない時間、熟成させる時間がいる。
だからその時によって、何を見ていなくても描きたい物が自然に変わっていくのかと思う。
そう思うと時間が経てば、いつまでも変われない自分自身も解き放たれるのではないかと思えてくる。

2020-10-04

自己紹介



今更ですが自己紹介とこのブログの説明をします。
見て下さってありがとうございます。

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名前は市村柚芽(いちむらゆめ)と言います。1998年1月17日生まれで東京在住です。
高校を卒業したのち、アルバイトをしながらトムズボックスのワークショップにワンシーズン通ったり、美学校の講座【描く日々】に一年間通ったりしました。
現在は何処にも属さず、アルバイトをしながら絵を描いて、時々展覧会を開いて暮らしています。小さい頃から描くのが大好きでした。今も同じ気持ちで描き続けています。

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このブログ【ごむの道】では、作文を書いたり、告知をしたり、絵の投稿をしています。ホームページ作成がうまく出来なかったので、ブログで絵を載せていこうと思ったのがきっかけでした。作文はよく付け足したり書き換える事があります。全ての文章は特定の誰かに向けてのメッセージや、攻撃ではありません。瓶に手紙を入れて海に投げるみたいな気持ちで書いています。海辺でメッセージ・ボトルを拾った気持ちで読んで頂けると幸いです。

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2019年、高円寺pockeにて初個展【泥蛙】をひらきました。
2019年、工藤将也さん「森の向う側」アルバムジャケット画を担当させて頂きました。

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連絡先→mebachiponponmaru@yahoo.co.jp


2020年10月4日 市村柚芽

2020-10-02

風景と心


鏡だと思って月を見ると、地球は光っているように思える。大きな穴だと思って見ると、地球は暗い底のように思える。月はよく見上げるが、見る度違うものに変身する。風景とはまさに心の動き。
今まで会った全ての人に、全てを怒られ人格まで否定されぶん殴られる夢を見た時、自己肯定感が欠落している事を自覚した。
多分それは、自分という風景を、風景として捉えられていないせいだ。
ごまかしやいつわりのないように筆を動かす事で、彫るみたいにして自分の意思を明確にしてくれる。輪郭が出来たら、あとはモチーフとして自分を観察したら良い。筆の動きは道しるべになってくれる。全ては発光したり穴になったりすべきだと思う。誠実であることが、最も大事なのかもしれない。


2020-09-22

朝の色と夜の色 ・・深夜の色

 



二枚とも一つの絵。夜の絵をつぶしてまたバスの絵を描き始めた。
朝八時と夜八時の写真。
描き始めには暗い中で絵の具を置くみたい描くと上手く進んだ。


たった今。深夜二時半。ものすごい変化…。


2020-09-19

ムーバス

 

廃材を受け取るために吉祥寺の友人の家に向かった。その時、はじめてムーバスに乗った。ムーバスとは駅から住宅街を循環するコミュニティバスの事。外観が丸っこく可愛らしいのだが、停留所には 【ポケット広場】【ねむの木通り】【かくれみの公園】【すずかけ小路】・・といったとても可愛い名前まで付けられていた。昔から呼ばれてきたのかな。ずっとそのままで居て欲しい。そんな可愛い名前の停留所近くの友人宅に着くと、なんと大気圏を突破したーーー誰もいない東京の高速道路を延々走り、グアムの砂漠を逆走し、宇宙に行って太陽を動かして、宇宙から地球を見下ろしたり、星達を眺めた。太陽を地球の境界線のギリギリにして地上に戻ると、綺麗な夕暮れが見れるのだった。ダ・カーポの歌が流れてきそう。Coming Home To … ーーー 壁にぶつかりそうになったところで現実に戻る。(VRゲームをやらせてもらった話です。) ムーバスは循環せず、宇宙に連れていってくれた。

◆画像は烏瓜の花。この植物を教えてもらってからは隙間があるとよく探す。

2020-09-15

花の絵

途中の絵。 


▲宝石みたいなだしたての絵の具たち


18歳の時、私は藝術大学を半年浪人したが、通っていた予備校では試験のため石膏や、静物画を毎日描かされた。静物画のモチーフは机におかれている。花瓶に入った植物と果物と瓶と、ビー玉とか卵とか鉛筆なんかを自由に組んで描くわけだけど、それらを美しいとは思えなかった。不思議なことに、花も葉っぱも綺麗と思えなかった。実際、他の人のように繊細でみずみずしいように描けなかった。植物を描くときが一番退屈だった。
22歳の今。あれから花を描くという事はなかなか出来ないでいた。しかし、ふと、住宅街で咲くオニユリを見た時、夜にしずかに咲く烏瓜を見つけたとき、星がひとつ滅亡したくらいに哀しくなる枯れた向日葵を覗き込んだとき、花はなんて美しいんだろう、と気づけたのだった。
あの頃は花を「モチーフ」としてしか見られないで居て、今やっと花を「花」として捉えられるようになったという事かと思う。
そのままで美しい花を、わざわざ絵に起こす必要があるのかわからないけど、なんとなしに描いてみると、豊かな時間が流れた。気持ちはぴったりと花に重なって、花を一番きれいに描きたいという願いを込めて、丁寧に描けた。それは恋みたいだと思った。

2020-09-11

マイスター・ホラ


ある店を訪ねた時の作文。

その店はまったく別の場所に居る二人から教えてもらった店で、二人とも是非行って欲しいと言っていた。向かえないまま月日が経ったが、やっと叶った。
店主と話すと、自分の中でとても意外な事が発覚した。交わるとは思わなかったその二人は、店を介して、一つの線の中で繋がっているらしい。
物理的にも職業的にも遠い場所に居る人達だったので、そこが繋がるとは予想していなかった。その影響で、二人の周囲の自分に関わる人や物や場所 今一緒に暮らしている人までもが ポンポン・ポンポンと結ばれて行き、巨大なサークルが出来た。
店には来るべきして来たのかも知れない。更には自分の今までの選択も、ここに来るために取ったものなのではないか。と考えた。サークルを思い浮かべていると、こうも考えられた。何を選んでいたとしても、その巨大なサークルからは逃れられなくて、全ては出会うべくして出会ったものたちであり、どのような選択を取っていても出会わなかった人など居なかったのではないか、・・・と。壮大な考えを持ち始めた。その日なんとなしに買った宝物(▲画像)もそれを象徴しているような・・気がしないでもない。
店主は祖父母くらいの年齢なのに、話しているとその事を忘れるのだった。その店はモモの、「どこにもない家」のようで 私は「モモ」で店主は「マイスター・ホラ」のようだと、夢想した。ああ、感化され過ぎ/夢見すぎか。差し入れした焼きたてのクッキーを全部食べ終わる頃には二時間近く経っていた。そんなに話していたのか、と驚いた。品物を買う時、何でもタダ同然で受け渡そうとして来て下さった。そんな所も、エンデの世界を思わせた。もしかすると、あの店にくる人は誰でもモモになるのかも。
・・知らんけど

(店名出さなくてすみません あなたも何処かで繋がるかもしれないので、それで向かってみて欲しい)

2020-09-04

団地/灰色男

 

夜中、何も描くものが思い付かないので、困ったなと思いながら読書をした。最近は文章を読むのが困難で、途中で放っぽり投げていたのだが、その晩はいっぺんに物語の真ん中まで読めた。少し散歩をする予定だったが(散歩をすると描きたい絵が浮かぶ)、本を閉じた後そのまま眠ってしまっていた。そして不思議な夢を見た。

夢の中では、美しい写真を見た。それは雨が上がり陽が射してきた冬の団地のエントランスの写真だった。通路の写真もあった。ドアは水色と緑色をしており、自分の住んでいた団地12号棟とよく似て不思議だと思った(それは夢だからであった)。フィルムは恐らくKodakが使用され、空の反射した地面の青とドアの青が美しく映っていた。

夢の中の自分もブログを書きたくなり、団地についての作文を書いた。以下思い出しながら。

ゆめちゃーんとドアを叩いてお裾分けをしてくれたお隣のワタナベさん。いつもニヤニヤして少し怖い印象があった向かい側の優しいオイカワさん。(亡くなった。)左脇の優しく可愛い姉さんのあーちゃん。向かい側の左脇の小学生の時にお父さんを亡くしたなっちゃん。向かい側の右の奥のみなみちゃん。・・ 今、そういうご近所さん付き合いは全く無いので、その距離感を懐かしく思い出した。人見知り内弁慶の私は当時居心地が悪かったように覚えているがそれは理想的な環境だったのかも知れない。父がギター弾いて母は丸パン焼いて赤いカーテンから射す日光も綺麗だったような。不思議なもので思い出は良いように記録されているのだった。というか良い部分の記憶ばかりが日付も消え断片的に残っているのだった。

夢の中で過去の事を思い出すのは覚えている限り初めての事で、まるで時間旅行してるみたいだった。 起きてから急いでごみを出しシャワーを浴びた。すると頭の中で描きたい絵が形にならずに留まっていた。思考しなくても寝ているだけで沸いてくるのは驚いた。 

ちなみに読んでいた本は、ミヒャエル・エンデの「モモ」。昔に一度読んだ事があった。 そして夢の中でも作文を綴っていたのは意外だった。自分の中でそれは重要な役割を持つようになって来たらしい。 誰が読んでも面白いとは言えないような文章を、読んでくれてありがとう。ところで毎日同じ人が読んでくれているみたいですが、一体誰なんだろう。正に、灰色男にいつでも介入されてしまいそうな思考回路を持っているために、私の事を嫌いな人達が何らかの理由で来ているのではないかと思ったが、人に話すとそんなわけないやろうと言われた。別に、そうでも良いのですが。そして私も灰色男にならぬよう気を付けます。

2020-09-01

方向音痴

 


自宅から近い銭湯に行った。霧雨の帰り道、住宅街で迷った。暫く歩いていると先程の銭湯に着いた。気づかない内に曲がり曲がり、一周していたようだった。携帯の位置情報機能のお陰でどうにか帰ることが出来た。中学生の時だったか、一人で吉祥寺の駅前の画廊に行った時同じ道を繰り返し歩き二時間位迷った覚えがある。何度も通った道なのに、中々気づけないのだった。新しい道に来た気になるのだった。高校生にあがってから同じ画廊に、今度は友達数名と向かったが、その時も皆を巻き込んで長時間迷った。地元の商店街では、店に入った時までは正常な方向感覚を持っていたのに、出た瞬間にどっちが家か分からなくなっているのだった。家から土手をひたすら歩けば着く筈の祖父母の家にたどり着けなかった事もあった。私の方向音痴は、迷惑極まりないので確実に短所ではあるのだが、私は迷っている事に気づく瞬間が好きだ。その一瞬だけ、異世界に来た心持ちになる。見慣れた全ての物が遠い場所の物の様な気がするのだった。ただ、気づいてから少し経つと、新鮮な景色への探求心よりも不安感が圧倒的に勝り、いつも、家を一心に探してしまう。このまま迷子になり続け、不安感も無くなれば私は本当に何処かに行くのかもしれないなと思った。    

2020-08-30

新入りメンバー

 


ひよすけ という新入りメンバーが加わりました。



初期メンバー ハムス ポムス ひよ彦


特大メンバー おやす ねこお




2020-08-26

カントリー・ロード

久しぶりに太田裕美の歌をたくさん聴いたら、二年か三年前の夏に京都に行った(着いていった)ときの思い出が断片的に起こされた。太田裕美が大好きな友達と高速バスに乗って十時間くらいかけて京都に向かった。友達が一人太田裕美のライヴに出掛けている間私はホテルで絵を描いて待っていた。プレゼントしたマーガレットのイヤリングをつけ、レトロなワンピースを着た姿が可愛かったのと、宿近くで猫を追いかけたのと、京都は物凄く遠いと思った事..くらいしか思い出せない。太田裕美を、たしか特等席で見てきた友達は、ホテルにもどってぼんやりとしていると思ったら涙ぽろぽろ溢れ出して震えていた。夜中、外に出て、歩きながらアイスクリームを食べた。その場面の記憶は自分のなかで幻みたいにきらきらしている。この記憶が起こされたとき、彼女の絵の事にも気付きがあった。彼女の描く彼女の大好きなものや人の絵はいつもその記憶のような煌めきがあり、一筆一筆がその涙の粒みたいだなと思った。だから綺麗なのかもしれない。

太田裕美 カントリー・ロード→  (リンク)







2020-08-22

窓から見える街の景色

 

久しぶりに町に出てかき氷を食べた。自宅から一駅しか離れていないけど、遠くに来た感じがして楽しかった。夏の影はほんと美しい。どこ見てもドキとする。あと花が美しくて感動する。蝶になったら花とキスして食事できるのか。それは、いいな

最近は誘っていただいた企画展の為蝉の声聴きながら絵描いてます。やはり 両手で抱えられる位の大きさの絵を描くのが一番実感があって楽しい。 最近分かったのは、自分は物凄く冷めやすい事。のめり込むと時間を忘れて描けるが、描かない時間が出来るほど描きたくなくなっている。次の絵を描きたくなっている。極端に言うと三日で描き終わる意識を持って描かないと中々完成しない。今は雨の町を描いているが、はじめは青く光った街だったのに、気づけば漆黒と夕暮れ色した屋根が続いていた。商店街だけが青くバスを境にして住宅街や道路は赤い状況。完成にはほど遠い。絵を眺めていると私はバスに乗って景色を眺めている気になった。一駅進む度に窓の景色がガラと替わる。街の色が変わったり雨が降りだしたり人で賑わい始めたり光が射し込んだりする。飽きる事がなかった。描かんと、と思って現実に戻ってきた時、未完成であるこの絵がアンバランスながらもとても美しい物に見えた。



▲素敵な靴を買いました


2020-08-11

ピエロ

▲「ピエロ」の店の壁の文章

夜更けに道路沿いを走っている時、家が近くなってきたので住宅街に潜ると、ピエロや車の絵が描かれた大きな家に差し掛かった。暗くてよく分からないけど壁には蔦が這っていた。家に近付いた所で道路沿いに戻ろうと住宅街を抜けるとそれは家と逆方向だった。私は方向音痴なので家からおよそ徒歩五分圏内の道々をしばらく徘徊した。すると再びピエロの家にぶつかった。看板が立て掛けてあり、ピエロと書いてある。敷居には文字がつらつら書いてある。漢字ばかり。よく見ると窓から橙いろの灯りが漏れている。午前三時近くに。ひるまに散歩で何度か辿り着いたことはあったけど、灯りが点いてるのは初めて見た。廃墟かと思っていた。

ピエロの家を目印に道路沿いに戻って帰宅して、インターネットで調べた。住所も電話番号も非公開の喫茶店らしい。また辿り着けたら行ってみよう。

2020-08-03

手紙


手紙を書こうと思ったら絵が出来てきたので、中止して描くことにした。

今日の帰り道、突然いた向日葵と、
絵の中の子みたいな少年。




2020-07-23

日記と料理奮闘記

連日の悲しいニュースが耳に入り、暫く愕然としていた。相変わらず寝付きは悪く、でも最近は愉しい出来事もあった。
友達に林檎酒の林檎で作ったジャムとビスケットを贈ったら喜んでくれたり、スパイスを揃えてみたり、後輩の女の子から大量の画材を頂いたり、沖縄の天然酵母パンが届いたり、絵を思い付いたり等々。
ある日は早起きをしてオレンジシロップと杏子シロップを仕込んだ。その日は心身調子が良く、夜には眠り朝には起きて陽の光を浴びる事がどれ程大切か思い知った。
また隣人愛の大切さも知る。喜ばれる喜びは人を生かしてくれる。
30歳になる頃には青いねと思われない人間になりたいなどとぼんやり。

以下、最近の料理奮闘記

     ▲失敗した全粒粉食パンのホットサンド。

▲バターサンドクッキー。

▲ビスケット。

▲シチリアの郷土菓子カッサータ。

▲塩パン。


▲おまけ 冬にとってもらった気に入っている写真。