ごむの道
市村柚芽の日々の記録や嘆きのコーナーです
たのしいおしらせ / upendo 小さなスケッチ編
先日、長崎は大村にあります「upendo」というお店に、小さなスケッチを6点お送りしました。夏至から冬至のあたりまで、のんびり長く預かっていただきます🧳
飾ったり、仕舞ったり、自由に使っていただいて大丈夫です、とお伝えしているので、どんな展示になるのか、私もドキドキしています。お越しの際は、見ていただけたら嬉しいです。まだ未定ですが、夏のあいだはupendoさんがお休みになるかもしれないため、その期間は、絵がどこか散歩に出かけるかもしれません..🚃
飾っている絵は売っています。
通販希望のかたは、upendoさんにお問い合わせください。
つまらない勝利、すばらしい敗北
衝撃的に楽しい瞬間があった。そのたまらなさに、くらっとなった。あまりにも楽しいと、その瞬間には、笑みも出ない。倒れそうになるのだなと知った。
刃牙を読んでいると、弱いまま強く、とかじゃなく、普通に純粋に強くなりたいと思わされる。いい勝負をして、すばらしい敗北で終わりたいものだ。
どんな切り口でもいいから、まずは切ること。そして、掘り進める。つまらなかったことが、掘っていけばおもしろかったりする。我に帰るスキマなど、気がついたら消えている。それくらいにならなければ。と、いつもそんなふうに思ってきていたが、青森で、実感があったような気がする。たとえば、東京で感じていた小さな虚無感は、新幹線を降りて、外の空気を吸った瞬間に消失したようだった。まだ小さな虚無だったからかもしれないが。想像できたつもりになっていた知らない場所での誰かの暮らしは、ほんの1mmも当たっていなかったかもしれない、ということで、塞がっていた窓から、またすっと風が吹いていくようだった。自分の小ささを思い知ることは、本当に幸福なことだと思う。
一人行動の時間では、温泉に行こうと思って、ホテルから三十分くらいバスに乗って向かった。バスから降りて歩いている時、人っこ一人いない道と、どんどん暗くなる空に気づき、怖くなった。あと5分くらいの地点だったのに、温泉とは真逆に歩き出し、Uターン、帰宅。光の速さであきらめた。道中あった神社で一応拝み、遠くの岩木山を眺めて、じゅうぶんだったと言い聞かした。私のあきらめと同じくらいのスピードで暗くなっていく夕暮れ、バスを待っている時、うすむらさきの岩木山はやさしい輪郭をしていて、本当にじゅうぶんだったような気持ちになった。私はぬるい。すごくぬるい。今のところ、勝利も敗北もない。楽しかった。
お仕事 / duftさんの包装紙
大きすぎてうまく撮影できません。
duftさんの包装紙に絵を使っていただいています。おそらく第4弾の今回はこの絵でした。けっこう前からかと思うのですが、お知らせができていませんでした。
綺麗にほどくと大きなポスターのようになります。写真だと伝わらなそうですが、ラフな質感もお気に入りです。お花を買うと包んでもらえますので、気になる方はぜひduftさんでお花を買ってみてください。
duftさんでは、夏に花の絵を飾らせていただくと思います。
また花と一緒に花の絵を並べられるのが嬉しいです。おしらせします🏃♂️🏃♂️🏃♂️
デザイン:浦川彰太さん
お店:duft
(東京都世田谷区梅丘1丁目33-9 2F)
月と石と光
熱の中で描いていた絵は歪んでいた。今日は熱が下がったので、冷静に直せた。おかしくなっていたんだな。三時間感覚で力尽きるが、時間の速度はとても早かった。夕方、誰かの淹れたコーヒーが飲みたくなって久しぶりに外に出た。うすむらさきの空に小さく白い月が浮かんでいて、さっきの絵の、花瓶にさした光に似ていた。
チュルリョーニス (何回書いても名前を覚えられない)の展覧会の記憶は、日に日に忘れていった。きっと故郷が大好きだったんだろうなという感想と、綺麗だと思った絵たちの断片と、会場で流れていたピアノの音の耳ざわりが残っている。絵そのもののことも音楽のメロディもほとんど覚えてない。霧のように散って幸せな景色の余韻となった。
石が大好きな友達と石を拾いに行った時のこと思い出す。ちょうど一年くらい経ったらしい。私はそんなに石を愛でられないし、さんざん描いている花のことだって全然。愛するってすごいことだと思う。すごい幸せなことだと思う。それ以外何もいらないんじゃないかと思う。
本当にずっとそう思っている。
宇宙に巨大な石拾いがあらわれたら月は石のように拾われるのかもしれない。小さな私には花瓶の光にしか見えなかった。
