熊谷さんの仲間探し


 
制作活動で日ごろお世話になっている、友人の熊谷麻那(くまがい・まな)さんが、「仲間探し」を始めたそうです。絵のことではありませんが、私からもおしらせさせてください。
 
🚩募集|「寝ないでがんばって」と言える仲間を探してます
https://note.com/odazu_kmn/n/n17a529585264


私と熊谷さんの仕事上の関係について、具体的に書いてみます。
絵や制作そのものというより、それらを社会とどうつないでいくかに興味のある方に、お読みいただけたら幸いです。
 
すべての活動においてというわけではありませんが、関係性としては、作家とマネージャーのようなものです。
絵はひとりで描きますが、ひとりで描いていたものを他者に見せるとき、壁や障害にぶつかります。本来なら内にとどめておくようなものを描いている認識があるので、当然と言ってよいと思います。そういう場面で、熊谷さんは、メールのやりとりや展示の企画を手伝ってくれています。ほかにも、知らない町に連れて行ってくれたり、横に歩いてくれたり。直接的でない部分でも支えてくれています。

熊谷さんから受け取っているものの一つに、毎月のサラリーがあります。売上に関わらず、いただいています。熊谷さんが関わってくれた展示での売上は、熊谷さんに入ります。厳密には、熊谷さんの所属している会社に入ります。

こういう活動を、熊谷さんは「アソブロック株式会社」での、独自の事業として行っています。

私はたくさんのものを受け取ってきました。ただ、それが何なのかを、適切に言葉にできません。絵を描くことに集中できるようになったり、一人ではできなかったことが実現できたり。安心とか、助かるとか、楽しいとか、そういう感覚はたくさんあります。それらはどれも大切です。でも、二人のあいだで目指しているのは、あるいはすでに手に入っているものの中には、それらよりももっと大きなものの気配があります。だからまだ言葉にできないのだと思います。

熊谷さんの語る「経済活動」とは、私の感じる「大切なこと」の延長線上にある、具体的なものだと感じます。少し話が逸れますが、その「大切なこと」とは、個人と個人の関係だけにとどまるものではなく、もっと大きな営みの中にあるものなのだろうと予感しています。
 
関わりにおいて私が思ったことを勝手にたくさん書いてきましたが、上記は、熊谷さんが取り組んでいることの一つにすぎません。でも、私の提示した切り口から、彼女のことが気になったり、彼女の文章を読んで気持ちが傾いた方がいらっしゃいましたら、ぜひ連絡してみてください。

もっとさらりと紹介できたらよかったのですが、さらりと書こうとすると、切り捨てなければならないことが多すぎました。そんな部分を切り捨てる必要はあるのだろうかと考えると…、スマートさは捨てよう、となり、こんな文字数になってしまいました。恥ずかしいですが仕方ないですね。
私の視点から見えている彼女の仕事が、この文章を通して少しでも立体的に伝わればいいなと思います。


写真は、青森に行ったときに撮ったもの。
切手店の看板が可愛くて撮ろうとしていたら、横で熊谷さんが看板と同じポーズをしていた。「撮りたいからもう一回やってほしい」と言ったら「あなたのためにやっているわけじゃないもん…」と断られ、そうですか…と返す。撮った写真を見返したら、画面左に熊谷さんの手が写っていて、私はとても嬉しくなった。という写真です。

言葉の外

 


絵に描いたような積乱雲が、どこまで積もるんだというくらい積もっている。かと思うと、数分で蕁麻疹のように広がり、窓から見える空は、画用紙みたいに真っ白になった。見上げると延びた積乱雲のてっぺんがあり、空はちゃんと水色だった。夕方になると、空も雲も家々もみんなオレンジ色に霞む。雷が鳴る。少し目を離したら真っ暗に。夏の空は、花の枯れる速度とは比較できないほどの速さで、おびたたしく変化する。毎日たいへんだ。こんなんでは夏を越せない。

数日、絵は描かず、朝から晩までずっとメールを打っていた。対話を続けてくれた友人のおかげで、私は勝手に目が醒めたような気持ちになった。超個人的な感情に対して、私は信仰に近い心を抱いている。だったら堂々とするべきなのか。感謝している相手に対し、自分がとる行いのなかで、もっとも恥ずかしいのは、放棄や逃避だろう。
喧嘩も対話も似たようなもので、毎晩読んでる刃牙の登場人物をことごとくかっこいいと思うのは、それぞれの強者がそれぞれの誠実さをもって挑んでいるからと思う。正義とか責任とか、そんな言葉じゃおさまらないくらいの。

失くした針をまた探す


思い出すと心がギュッとなる過去がある。いろいろあるが、最近は、人のもとで働いていた時にうまくできなかったことや間違えたこと、またその状況が、パッパッパッと花火みたいに思い出される。夏の風に吹かれながら。

頭の中で追体験すると、仕事はできないまま。適応できない残念な自分のまま。誰に何を求められているかわからない。それどころか、まずは、息の仕方を思い出さなければいけない。手の洗い方もフォークの持ち方も。全部忘れたけど、取り繕えるだろうか。…そんなことばかり考えてしまうので、きっと、今もだめだ。今もだめだが、今は家の中にいて、全部空想なので、誰にも迷惑をかけていないのだった。過去を、少し離れて見れるようになった。 過去とは、振り返ることができるようになってようやく過去となるんだなと、当たり前のことを思う。一色だった感情が、今ではたくさんの色が混ざって下水のようになって溢れる。ゆっくりと、過去が、過去になる。
 
未然に防ぐなんてできるのだろうか?
これまでの人生では大抵のことに満遍なく不安フィルターをかけ、できるだけ慎重にぶつかってきたつもりだが、大抵のことは起こったし、大抵のことは防げなかった。いくつかは防げたが、受け入れなければいけないことの方が多かった。だから、不安を募らせ防ぐことに注力するより、過ぎた後に事実を歪めないこと、歪めないように終わること、の方が、少しは意味がある気がする。出来事や相手…なによりも自身に対しての誠意でもある。記憶は風船のように膨れ上がることがある。その度に割らなければいけないが、風船を割るための針は、よく失くす。

追体験して同じように傷ついていったい何が生まれるのか。できないことに執着して、できることまでできなくなって、そんなこと誰が望むのか。できることを大事にしたらいいのではないか。その傷は、ありきたりの小さな狂いからできたものだったのではないか。その傷は、もうかさぶたくらいまでには回復していたのではないか。私もみんなも、精一杯だったじゃないか。見落とすくらいの小ささで散りばめられた優しさと失敗とを、かき集めたら山になる。ちりとりでまとめて、ゴミ箱じゃなくて棚に入れておく。傷の痛みと一緒に入れておく。
 
すべての人が、それぞれの事象に対するとき、無表情で静かに、恨むとか逃げるとか嘆くとかではない、それぞれがそれぞれの形容詞しがたい方法で、長い時間をかけて、治癒や感謝ができたらいい、と、なんだかお祈りのように思った。

圧倒的主観の世界


熱風に吹かれながら川沿いを歩いて帰って、ふとボナールの絵を見たくなった。なんでだろう。すっかり夏バテで、胃が痛かったり落ち込んだり、少し頭も沸いている。この暑さは狂う。今日は梨の絵を描くことになっている。丸いものを描けて嬉しい。

昨晩、よだれ鶏を作ってみた。鳥がよだれを垂らしているイメージが離れなくて食わず嫌いしていたが、パクチーを食べてみたくて、そして由来を調べたらよだれを垂らしているのは鳥ではなく人間の方だったので(それでも少し嫌だが)、挑戦してみた。料理としてはとてもおいしくできた気がするのだが、パクチーが舌なのか嗅覚なのか、に、ことごとく合わなく、美味しいはずなのに美味しく思えないというすごく悔しい体験をした。歳取るほど苦手な食材が減ってきて(アレルギーで食べれないものは増えたが)、最近はなんでもおいしかったので、懐かしい感覚だった。幸い、横でおいしく食べてくれる人がいてくれて、絶望を免れた。一人だったら号泣していたと思う。



砂の城/雨


少し前、夢。
どうにもならなくなって、ついこのあいだ引っ越してきたばかりなのに、この町を離れることになる。引っ越し先は小さい頃に住んでいた団地。地元は懐かしさでできていた。団地の11階。窓から見える景色はそのままで、振り返ったら猫がたたんだ布団の上で寝てるような気がする。なぜかとても怖くて、振り返れない。不安が喉までのぼってきて苦しくなる。

何か大事なことを忘れた気がしながら起きる。起きられたことに安心する。家事をして、絵を描いて、今ここにいてよかったと思う。祭壇に、猫の骨が、銀のキーホルダーに、小さくおさまって、居る。懐かしい景色が頭に浮かぶ。そういえばこんな夢をみたんだったと、変なタイミングで思い出す。夢は砂の城のようで、掴んで持って帰ろうとすると、帰り道でただの砂に戻ってしまう。小さな砂利をみつめていつまで思い出せるのか。夢と過去はなにが違うのか。
 
いろいろの症状をいちどに見てもらうための病院から出たら、雨が降っていた。蕁麻疹や胃の不調など、各方面の薬が多すぎるので、全部を診てもらえるかかりつけ医にしたかった。診察は、少し不安になった。大丈夫なのだろうか?と信じないから不安になる。雨。それでも行きたい調剤薬局があって、数分走る。会いたかった薬剤師のおじちゃんには会えたけど、病院の下の階の薬局で薬をもらった方がよいかもねえ、とほほえまれて、そうですよねと、また戻る。雨は止んでいた。止んでいたけど、服は雨で濡れたままだ。でも止んでいる。不運な日は本当にことごとく不運なことが重なる気がする。でもどこまでの出来事を不運と仕分けするのかは自由だ。