浮「窓辺の肖像」開催記念ライブ について


 
「窓辺の肖像」開催記念として企画していただいた、浮さんの北東北ツアーのご予約が始まっています。展覧会のおしらせは、こちらの記事をご覧ください→ ✸  
 
浮さんの歌声やメロディは舟のようで、家で聴いていても、気づくと水辺へ連れて行ってくれるようです。窓の向こうを想像したとき、空想の中に浮かぶのは、そんな水辺の風景なのかもしれないと思いました。
本ツアーは、展覧会の企画を担当してくださっている、絵のしごと/熊谷さんと、個展会場であるTHE STABLES/小田原さんが中心となって進めてくださっています。
かつて目の前にあった私の窓辺が、届かないくらい遠くまで、信頼するみなさまと、歌の舟にのってあちこちに。どんな夜になるのだろうととても楽しみにしています。
ぜひご来場ください。 
 
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day1:青森・弘前 弘前れんが倉庫美術館スタジオ
日時:11月1日(日)18:00開場 18:30開演予定
会場:弘前れんが倉庫美術館スタジオB(青森県弘前市吉野町2-1)
前売・予約 4,000円 /当日 4,500円 着席・全自由席
予約:https://x.gd/9qxEp
 
day2:秋田 交点
日時:11月2日(月)19:00開場 19:30開演予定
会場:交点(秋田市保戸野通町6-2-2F)
guest:田中太郎(踊り)
前売・予約 4,000円+1drink / 当日 4,500円 +1drink
予約:https://x.gd/sj1qU7
 
day3:岩手・盛岡 九十九草
日時:11月3日(火・祝)18:30開場 19:00開演予定
会場:九十九草(盛岡市中ノ橋通1-8-4)
 *お車でお越しの際は近隣の有料駐車場をご利用ください。
前売・予約 4,000円+1drink / 当日 4,500円 +1drink
予約:https://x.gd/xpfVr
 
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*THE STABLESさんのテキストを参考にさせていただいています。
*お問い合わせは各予約フォームのアドレスへお願いいたします。
 

外


私の目がカメラのレンズだとしたら、輪郭線が過剰に強調された、しかも間違った線を拾われた、心霊写真のような、奇妙な写真ばかり出力されるだろう。
 
今、左腕に蕁麻疹ができている。昨日薬を飲まなかったからだ。理由が明白だから、心配することはない。しばらく続いている、胃の鈍い痛みの原因は、わからない。なにかに疲れているが、なにに疲れているかもわからない。予想はできるが、確定するだけの材料が足りない。わからないことは不安だし、足りないことはもどかしい。病気不安の根源を考えると、あいまいなものに耐えられないからだろうと結論が出る。自分会議において、そのすべてに結論を見出そうとするのも、結局は、私の性質なのだと思う。私はいつも自分に囚われている。

なにかを描こうとするとき、輪郭線を使わないと、形を捉えられない。それは学生時代に教わった日本画的な物の捉え方が根付いているということなのかと思っていたが、これももしかしたら、私の根源にある性質、安心の姿が由来なのかもしれない。風景が描けないのは、ひとつのこらず捉えなければいけない、と硬い頭で考えてしまっているからだ。
 
知らないものを描けるわけがないから、知ろうとするところから始まる。それで、知ろうとしても、決して踏み込めない領域があることに気づく。だから、わからないことを色や技術でカバーしようとしたり、知ったかぶりをしようとする。それほどの技術も意志も想像力も持たない私に、嘘は難しい。早々に限界が来て、やっとあきらめる。私の絵はいつもそんな手順をもって描かれる。いや、むしろ、あきらめたところからはじまる。絵を描くことは、私にとっては、あきらめることに近いと思う。折り合いを付けるとも言えるのかもしれないが、今の私にとってはまだ、「あきらめ」という言葉のほうが正直である。視界に入った隅から隅までをちゃんとあきらめなければならないと思うと、広ければ広いほど苦しい。だからやはり静物が優しい。実際、静物を観察すれば、その奥深くに、見たかった遠景が見えてくることもある。だからやはり、見える範囲のものを、徹底的に描写するというのは、少なからず、私のような性質を持った人には適しているのではないかと思う。描けない悔しさは、悔しさとして、持っていたらいいとも思う。行きたかった場所に続く地図になるから。

家の窓から見る空と、外で見上げる空とは、まったく違う景色に見える。雲の柔らかさとか流動性に驚かされる。私が室内で首を曲げて腰を痛めて追ってきた雲の形は、何一つ残っていない。室内で感じる虚しさなど、一歩外に出れば、すぐに打ち砕かれてしまう。

個展「窓辺の肖像」 / THE STABLES

 


展覧会のおしらせです。
青森・弘前「THE STABLES」さんに、窓辺の絵を10点飾ります。
また、展覧会に関連した、浮(ぶい)さんのライブツアーがあります。
秋のおでかけに、ぜひお越しください。
 
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市村柚芽 「窓辺の肖像」
会期:2026年10月31日(土)-11月23日(月)
休み:火
時間:12:00-18:00 / 11月1日(日)は17時閉店
場所:THE STABLES
(青森県弘前市代官町14−2)
 
風も吹かない 淋しい窓辺で
雲はしずかに 花咲いた    
 
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浮  「窓辺の肖像」 記念演奏会
<ツアースケジュール>
11月1日(日):青森・弘前 弘前れんが倉庫美術館
11月2日(月):秋田 交点 /w 田中太郎(踊り)
11月3日(火・祝):岩手・盛岡 九十九草

ご予約や詳細はこちらの記事をご覧ください→ ✸  

THE STABLES HP:https://thestables.jp/
絵のしごと Instagram:https://www.instagram.com/enoshigoto/
 
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「窓辺の肖像」というタイトルの展示は2回目です。同じ構図・同じものを描いていても、以前とは異なる風景があらわれるので驚きました。
ライブのほか、ほとりさんと作る「あしたのジャム」も販売予定です。季節の果物で作ったジャムを試作していただいています。また、ご紹介いただき、弘前の古道具店ミヤマコさんに額をご依頼しています。こちらも絵に合うように、試行錯誤してくださっていると聞いています。
窓の外のはるか遠くで出会った、たくさんのご縁が積み重なって出来た展示です。私の窓から、遠く遠くの誰かの心へ、風が吹いたらいいなと願います。
 
デザイン:青木隼人さん
問い合わせ先:enoshigoto26@gmail.com

地獄と言葉

 

描くためじゃなく買った花の、枯れて茶色くなった部分を切り落として、小さな花瓶に生け直した。枯れたものの、いつまでも花が咲いていて捨てどきがわからなかった花は、思い切って捨てた。新しい花をそれぞれの花瓶に生けて窓辺に揃えたら、荒んでいたというわけでもないけど、心が平らになったようだった。

しばらく描きたいという気持ちが湧かない。なぜだかはよくわからない。でもたぶん描いた方がよいのだろうという見立てがあり、描かなくなるのは違うだろうと思い、一応、描いている。でも、進まない。求められているわけでもないのに私はなんのためにやっているんだろうという気持ちになる。それは、ごはんを食べたり洗い物をしたり部屋を片付けたり、どうせ伸びるのに髪を切ったりどうせいつか死んでしまうのに病院に行ったりするときに感じることと、すごく似ている。いつも何かの病気なんじゃないかと不安を抱えて病院に駆け込み、病気じゃありませんようにと祈りながら診察を受けるけれど、しかし同時に、何か病気であってくれ、病名をつけてくれ、不安を終わらせてくれと祈る自分もいる。

窓辺の花は私が明日を生きる目的にはならなかった。もう根がないのだからあとは枯れていくだけだろうと薄情な気持ちで花瓶に生けている。いつからか、そこに申し訳なさも感じなくなった。仕方がないことだと割り切るようになったからだと思う。枯れるのを待つだけなのに、それでも、少しでも長く持ちますようにと水を換えたり延命剤を使ってみたり、反射的に祈ってしまう。一瞬で矛盾する自分のことはよくわからない。わからないけど、もしかしたらそういう反射のほうに私の本体があるのかもしれないと考える。言葉にできるようなことなど信用しないほうがいいのかもしれないと。

人間

 
 
「綺麗事のなかで生きていきたいわけではない」とノートに書いた。
そもそも綺麗事をやれるほどの器をもっていないのだから当然である。
 
ないものねだりをし続けるより、少なくてもちいさくても、今もっているものに目を向けた方が、楽しいことを知っている。気づいたら「なかったもの」に接続することもあるのだと、知っている。あきらめなど、戯言だ。
 
ちゃんと折り合いをつけて生きていきたいのは、暮らしとはそういうものだからだ。  
この道を通りたいのに目の前を歩く人がじゃまだったときに、だからその人を殺してみたときに、殺されたその人の「この道を通りたい」はどこに消えるんだろう。どんな理屈をもって処分されていくのだろう。運のいい人だけが強い人だけが上手な人だけが生き残る世界で、生き残った人のかたちをした生き物のなかに「人間」はいるのだろうか。

頑張りたいのは、ちゃんと自分で歩きたいからだ。
私が、私の体で、いきたい場所への一歩を踏み出せるように、歩けるように、頑張りたいと思う、頑張れと思う。