2022-12-09

夢の記録 2022-12-09


夢の記録。
角の丸い三角形の雲が浮かぶ秋晴れの日、自転車を押して歩いていた。目的地は何かの祭りをやってる高架下。小学生の時の同級生・少しヒステリックな側面を持つミナミちゃんと待ち合わせていた。ミナミちゃんは徒歩だったから、私は二台持っていた自転車を貸してあげて、二人で自転車を押しながらえらく長い高架下を歩いた。ふと見上げると、空がおかしなことになっていた。壊れかけた機械のように空の水色が急に真っ白になったり、雲がすごい勢いで上がったり下がったりしていた。空がそんなことになってるよとミナミちゃんは教えてくれた。私はいつも、夢の中の空が不穏だと物凄く不安になる。今回も、もうじき地球は滅亡するんじゃないかと感じられた。怖かった。だから早足で高架下に向かった。祭りは人で溢れていて、道路は自転車で埋め尽くされていた。駐輪場は当たり前のように満員だったから、ふたりで道路に停めた。
高架下はとても長かった。私はカメラをさげて、ふたりで高架下のはじっこを目指して歩いた。はじめはただの高架下だった。ゴムの道(ゴムでできたみたいな道の事をこう呼んでます)、コンクリートの道を経て、急に地下の駅のホームになった。そこが一番混雑している場所だった。人混みが嫌で走って進むと狭い廊下に温泉街があった。そこも通り抜けると急に列車の一番はじっこの車両にいた。そこから見える夕暮れの景色が美しくて、シャッターを切った。まばたきするごとに変わる車窓の景色。涙出そうになるくらい綺麗な夕暮れ。ずっと見ていたかった。地球が終わるときの夕暮れだから綺麗なんだろうな、と思った。ミナミちゃんはそろそろ帰ろう、と言う。わかった、と返して来た道を戻る。この人混みの中、殺人事件があったみたい。駅のホームでたくさんの警察がバタバタしている。犯人が見つからないとの事。殺される前に帰らねば、と私たちは急いで高架下を抜ける。さっき停めた場所に自転車がなくなっていた。誰かが駐輪場に移動してくれたのかもと思って、暮れかけて少し暗い中で自転車を探す。向かいに自転車を回収する警察たちのオフィスがあった。ああ 
、違法駐車していた自転車はみんな回収されてしまっていたのかと納得。警察署は自転車の違法駐車の対応に加え、殺人事件の発生で建物外からでも混沌としているのが分かった。警察の何人かが窓から飛び降りて死のうとしていた。多分おかしな空も関係しているのだと思う。なんか気が狂いそうな天気をしてる。怖くてバスで帰ることにした。バスの窓はガラスが全部割れていて、通りがかりの知らぬ人みんなに声をかけられる。つぶれたおにぎりが余ったから貰いませんかと話しかけて黙っていた。怖くてしかたがなかった。ああ、明日と明後日は予定があるのにいつ自転車をとりにいこうかなと考えたところで、起きた。

高校生の時のある朝に、満員電車で怒鳴り声が聞こえた。その声はミナミちゃんだった。小学生の頃とあまり変わらずかわいい顔のミナミちゃんだった。私はその時、なんだかとっても心配になってしまった。
ごめんね、って思ってる。
理由はわからない。
あれから一度も見ていない。
元気だといいな。

2022-12-07

太陽と月


実家の猫の検査結果が悪く、数値がこのまま変わらなければ手術だというメールが母から届く。その日から息するたびに喉にボールが入ってるみたいな違和感がある。
心配で、体がうまく動けなくなる事もある。情けない。死ぬことが怖い。大切な人や大好きな猫が、私が今生きてるこの世から居なくなってしまうことが怖い。なんて強欲なんだろう。自分だけ大丈夫になるように、最悪の事態を妄想して耐性をつけようとしている。悪夢で何度も皆が死んだ。起きて夢でよかったと安心して、結局耐性なんかつけられない。怖いことから、逃げれない。だれかの痛みに寄り添うこと、当然のように出来ない。
その日見た夢では、私は大好きな猫を抱いて町へ繰り出していた。そのまま電車にのった。だっこされるのが嫌いだから、何度も腕から逃げようとされた。私は絶対離すまいと、強く抱いて移動していた。

この前聞いていたラジオで高山なおみさんが語っていた死生観が、こうしてダメになっているとき度々頭によぎる。穏やかに澄んだ声で大切に言葉が紡がれた。ひどく安直に、私もああなりたい、と思った。死ぬことや老いることが悪いことだとは限らないという事。美しいことかもしれないということ。忘れること、失うことは、もしかしたら本当はネガティヴな事ではないのかもしれないと、一瞬だけだけど感じられて、その時本当に、本当に救われた。
私が今、こんな絵を描くのは今世に未練がたくさんたくさんあるからかもしれない。こんな絵というのは、自分さえも救えないような絵の事である。最近ひどく実感する。社会のためだとか鑑賞者のためだとか思い込みながら描いている時があるけれど、実際のところその時の自分の為だけにできた絵のような気がする。その時の自分はもう二度といないから、確認して安心するためだけに生まれてるかもしれない。
私から嘘を全部取っ払ったら泥だけが残る。私から発せられる綺麗なものは所詮すべて綺麗事だ。悔しい。憎らしい。

いや、いやいや、こんなことを吐き出したけれど、全然まだ堕落してない。するつもりない。綺麗な人になりたいとずっと思ってたい。変わりたいと思い続ける。猫だって、何があっても大丈夫だと、思ってる。
最近事あるごとに、誰か助けてくれと思ってしまう自分がよわっちくてとても嫌だ。日が暮れると悲しくなってくるのも嫌だ。最近すごく弱くなって嫌だ。直したい。

2022-12-03

覆われた窓



ドリップバックからしたたるコーヒーの粒をみていた。
コーヒーの水滴が、落下する時には丸くなり、消える。その繰り返し。表面張力の威力はとんでもないものだっていつか聞いたが、生まれてから消えるまでのその早さが、なんか呆気なく思って笑えた。
新しい絵を描こうと思って、ブロックタイプのスケッチブックから昼出来た絵を破れないように慎重に剥がした。剥がしている時、急にその絵を憎らしく思い、破りたい気持ちになった。さっきまで惚れ惚れしていた絵である。なんというか、ここで本当に絵をビリビリに破いたら、ちょっと狂人っぽいというか、これをやってしまったら私はダメになるんじゃないかと思い、破りたい、と思うだけに留め、ファイルにおさめた。いつも絵が完成すると、突き放されたような気持ちになる。なんだか今日はいつもよりもとても淋しく、くたびれた。
空想の窓辺から望めた山や美しい夕暮れは草に覆い隠されて何も見えない。
 
それから、描けないまま暮れた。
あんまりな一日だったから、こうして文章を書いてみた。空っぽさに驚いた。
 
優しさについて話した。
Yさんという、とても優しい人のトークショーの録画映像を見ていた。優しさとは何なのかなんて、もう、もう本当に分からない。言葉にもしない方がいいような気がする。しかし自分は優しさとはほど遠い人間だということは、確か。ただ歩くだけで色々なものを傷つけているような気がする。それを自覚しても全然やめる事が出来ない。
私のする事は全て、私の為にしかならない。祈る事しか出来ない。良い人になりたいとも最近は思わなくなった。

2022-11-30

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2022-11-28

祈りと呪い

 


今日は、身体が重い。曇りだからかもしれない。起きてホットケーキを焼いた。
ときどき、楽しみに読んでいるブログのひとつ。高山なおみさんの「ふくう食堂」の中の日記「日々ごはん」の最新記事で綴られた文章を読んでいて、心がゆらゆら動いた。
 
「日々ごはんは、私が生きていくために書いている。ウソを書いているわけではないけれど、私が生きたい世界を書いている。だから、自分のためで、読者のみなさんのために書いているわけではないんです」
そこまでは言えたのだけど、今朝ベッドのなかで思っていたのは、その続きの言い足りなかったこと。
(それでも、私が生きるために書いたそんな日記を、どうして書き続けられたかというと、読者の方たちが待ち望んでくださったから。そして、長い間読み続けてくださった。そのおかげで、アノニマのスタッフと力を合わせ、20年も本作りを続けることができた)
それが今朝、ようやく言葉になった。

(2022年11月20日の記事より、引用)
 
「日々ごはん」には、私の大好きな絵描きや、もう会えないかもしれない、大好きな友達が時々登場する。私はそれを見る度に、安心する。ずっとずっと、元気でいて欲しい。
(好きな人たちが、好きな人のえがく生きたい世界の中で輝かしく生きている事が、もっともうれしい)
 
先日、絵は描くけれどもう実名で世に出す事をしなくなった友達が、みんなどういう気持ちで絵を世に出すのだろうか、どうして人に絵を見せられるのか、と言っていた。
それに対して私は精一杯答えを伝えたけれど、うまく言葉にならないし結局よく分からなかった。それは承認欲求ではないか、とも言われたが、合っているような違うような。いや違うと思いたい、などと思う浅はかな私。
確かに、絵を描くのは高山さんと同じように、自分の為である。絵を贈るのも、自分の為である。自分の為ならなぜ、リスクを伴ってでも世に出すのだろう。わからない。わからないな、という思いが、それからずっと頭の片隅に居る。だからこの言葉は、今の自分にとって鍵の一部のようなものだった。

家の中、ひとり、友達のような恋人のような絵と向き合って制作をするが、完成した時には、友達はただの絵になっていて。抜け殻をそばに置いていても、虚しいだけだから。抜け出た魂は、もう窓から外へ、はばたいている。届くべき人のもとへ、バサバサと飛んでいるような気がする。私は、それを追いかけるようにして、自分も絵も傷つかないように、なるべく穏やかで良い波を持つ海辺から、そっと絵を流すように…祈りを込めて流すように、世に送り出したいと思うのだ。

そんな「日々ごはん」を読み終わってからは、北村太郎さんの事を書いたエッセイ「珈琲とエクレアと詩人」を読んでいた。有名な作品を世に放ってきた詩人や絵描きというのは、どうしても作品だけを観てしまい、その向こうに人間が居るという事を忘れてしまう。私もいつか忘れられる時が来るのだろうか。(それは本望なような、少し淋しいような) 先日、北村太郎さんの親族の方々に連絡する事があり、親族の方々は本当に親切に対応してくださった。
その時に感じた、詩人ではなく父親としての北村太郎という人間の気配。そして今回、この本の著者の知り合いである、人間としての北村太郎の生々しい匂い。詩を読むところからの想像する、詩人である北村太郎の像。それぞれからゆっくりと掘り進められ、ひとつの巨大な人間になってきたように思う。続きはまた明日、読む。

それから、昼過ぎ。いてもたってもいられなくなり、暫く連絡を取ってもいない知り合いに、急に絵を贈る事にした。
その人の近況を見て、少し涙が出た。絵を贈る他ない、なんて思ったのだった。それは同情でもなんでもなくて、むしろ暴力であると自覚している。それでも一筋の祈りのようなものを信じなければ、私の体が落ち着けなかった。
ひとつの紙から出来た8枚の小さな絵のうちの1つを、急いで梱包して発送した。ネットショップで販売しているこの絵たちは、結局1枚も売れていない。当初、制作費があまりにも足りないことから絵の販売を始めたので、その試みは失敗している。でも、不思議なことにこの絵を描いてから、〈この絵を贈りたい〉という人が何人か目の前に現れて、もう残りは僅かになった。だからこの絵を描いて、高い値段をつけて売り出したことに後悔は無い。

郵便局から家に帰って、温かいコーヒーを飲んだ。この時期の家の中のあたたかさは、どうしてかすごく安心できて、幸福を感じる。
1枚の絵とさよならした後は、不思議な気持ちになる。私はあたたかいが、絵はこれから寒い思いをするだろう。それでも大丈夫な気がするのだった。
この絵の行く先が、送った人の部屋でも、ゴミ箱でも、もう私たちは報われすぎている。祈りが祈りのまま、届きますように。