贈り物のカステラ柄のノートがきっかけで、カステラを上手につくれる人になろうと思った。第一弾として昨晩焼いたカステラは、一晩でぎゅっと縮んでしまって、喉の渇くような、かさかさした食感になった。焼きたてはシフォンケーキのようだったのに。まだまだということなのか、カステラとはそういうものなのか、そもそもカステラのことをよく知らなかったので、わからない。でもおいしかったので、点数とは無関係に、私は嬉しい。そして研究しがいがあるから、楽しい。上手に作れるようになったら誰かにあげたい。
台所に立てるようになった。今日は夕方にホワイトソースを炊いた。牛乳の白さや、ローリエの香ばしい匂いや、木べらでやさしく混ぜるときの感触が、いろんな不安を包んでくれる。今晩は一人なのに豪華な食卓だった。きのことかぼちゃのグラタンと、ブロッコリースプラウトとお豆腐のサラダと、かぼちゃの豚汁。サラダにはごぼうチップをのせる。お腹空いてなかったのに、おいしくて少し食べ過ぎた。残りのホワイトソースは何に使おう。
たまに、時間とは、本当にもう戻らないんだ、ということを考えて、怖くなる。そういう恐怖を、なんというか、生身で感じるとき、自分は歳をとってしまったと思う。これからもっと迫ってくるのかもしれない。耐えられる気がしないが、ゆっくりとでも受容していくしかないのだろうとも思う。でも、もしかしたらそれは、思っているほどきついものでもないのかもしれない。「耐える」とかではないのかもしれない、そんなに怖がらなくてもいいのかもしれない。世界も自分も変わり続けているのだし。
つらかったけど、目の前のことに怯えてさんざん嘆いていた日々に、あたりまえのように存在していた「安心」が、いまごろ見えるようになる。悲しい歌を一日中聴いていた頃が、悲しい絵ばかり描いていた頃が、気づいたら昔になってしまっていた。無自覚でいられた短い時間は、とても大事なものだったような気がする。そんな日々のことを「幸福」と呼ぶのではないか。…そんなふうに考えると淋しさが込み上げてくるけれど。でも、きっと今だってそうだし、これからもそうなのだ。生きていれば気づくだろう、いつもあなたに吹いていたあたたかい風やまなざしのこと。






