18歳の時、通っていた美術予備校では試験のため、石膏像や静物画を毎日描いていた。静物画のモチーフは机に置かれている。果物やレンガや瓶、花など。
花を描く時が一番退屈だった。枯れる前に完成させなければ、皆と同じように描かなければ、とそればかり考えて描いていたからかもしれない。
いくら塗り重ねてもだいたい許容され、咲きも、枯れも、動きもしないレンガを描くのが、私は一番好きだった。
22歳の今。あれから花を描くという事はしないでいた。予備校を半年で辞めてしまった後は、本当に必要なものだけを描こうと思った。その頃からしばらくは、忘れたくない記憶の数々をよく描いた。しかしそれが自分に必要なものなのか、よく分からなくなっていた。
夏のある晩に、散歩をした。ふと、住宅街で、甘い匂いがする。生々しく、少し毒々しいような匂い。辿ると、そこには鮮やかなオニユリがあった。駐車場のフェンスにからまった蔦の中に、しずかに咲く烏瓜の花を見た。また住宅街の中で突然に植えられていた、枯れてうなだれた大きな向日葵を覗き込んだ。触れたら崩れてしまいそうだったから、ただ見ていた。その晩、私ははじめて花の美しさをわかったような気がした。
翌日、花屋に向かった。切り花を選び、一束買った。花瓶に生けて、スツールに置く。意味の有無など関係無しにただ写生してみる。花と私以外誰もいない部屋の中で観察する。
私の内には無いもの(見つからないもの)が目の前にある。花びらは繊細で、柔らかく、壊してしまいそうだと思った。
描き始めてから数日経ち、蕾だったのがゆっくりと咲き出す。咲いていた花は、少し萎んだ。そこに、祝福と、不安とがあった。ああ、こんな気持ちが恋なのかもしれないと思った。