2022-01-27

Frankfurter Kranz

 
 
切羽詰まっていると、やるべき事以外の事への活力がやたらと湧く。
先日アルバイトを辞めたので、今は時間を贅沢に使っている。
昨日は、荒れていた部屋を片付け、生活を出来るようにした。
パソコンの中身も片付け、デスクトップが見えるようにした。
生活拠点が片付いているのと、前髪短くして視界を広げていると、落ち込んだり暗い気分になるのが少ない気がする。
今日もよかった。朝起きて、蜜柑を食べ、紅茶を啜り、エマーソン北村を聴いた。(「Rock Your Baby」ばかり聴いた。)お昼まで絵を描いて、コーヒーを飲んで休憩して、豚汁を作って食べた。日が暮れるまで絵を描いて、外に出た。
アルバイト先で使っていたエプロンをクリーニングに出して、花屋でオレンジ色のばらを買って、スーパーで蜜柑を買い足し、喫茶店でココアを飲みながら小林秀雄を読んだ。
今は暖かい梅ジュースを飲んでこうして日記をつけている。
そうそう、こんな生活が送りたかった。それで、こんな何でもない一日の日記の作文を書きたかった。毎日、生活費のことと、時間を作ることを考えていた。アルバイトを辞めてから、右肩の痛みは一瞬で消え去った。 

 


アルバイトを辞めたときに、同じ従業員のおばあさんがくれたドイツのケーキが、花冠みたいだった。最終出勤の日のお昼には、特性のちらし寿司もくれた。私は要領も記憶力も悪く、仕事が出来ない方だ。頭が悪いので、いろんな物事を散らかしては、もっとややこしくしてしまうような人間なのに、そういえばいつだってこうしてあったかくさよならしてくれる人がいる。
 

2022-01-26

窓から見える雪/展覧会のおしらせ

 
 
暖房30℃に設定してあるのに、室温よりつめたい風がひゅーひゅー吹いている。白い息が出る。踏み台もないし、椅子はぼろぼろなので天井近いエアコンを分解する事が出来ない。腕がエアコンにちょっとだけ届いたので、フィルター掃除はギリギリ出来た。原因はフィルターじゃないらしい。あったかい部屋にするためには踏み台を買うか、業者に連絡するかの二択になるが、両方ともだいぶ腰が重いので、しばらく凍えて暮らす事にする。
 
さっき、数ヶ月おきくらいに勝手に生存確認していた、山で暮らしていたひとが、もう山に帰らないと言っているのを見た。ああ、そうかー、となる。私なんかが解ることなど何もないけど、こみ上げてくるものがある。そのひとの棲んだ山の家は、時間はかかるだろうけど、その人のこころの中でいつだっておかえりをしてくれる本当の家になるんじゃないか、なんて勝手に、本当に勝手に思う。
私は東京から出たいと言いながらずっと東京から出れない。私は臆病でかっこよくない。
旅した人と旅しなかった人、全然違うと感じる。たしか友部正人も言っている。
だからそのひとに、大きな大きな拍手を送りたい。そして、心が回復するまで、しばらくゆっくりとした時間を過ごせたら良いなと、祈る。
 
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おしらせです。
2月に小さな展覧会があります。 
 
昨日はTwitterやインスタグラムやホームページで告知をしたが、それに疲れて一日が終わってしまった。コピーペーストしただけなんだけど。まだ絵を描かなきゃいけないのに、全然進めなかった。「ごむの道」ではコピーペーストじゃなくて、自分の言葉で告知したくて、告知と同時に書きたい事も出来てしまい、やたら長くなってしまった。読んでくださってる方いたらすみません、ありがとう。
 
展示場所はduftさんという松陰神社前駅にあるとても美しい花屋。
そこで売られる花も人も、鮮やかでみんな美しい。店から出た時、しばらく余韻でふわふわする。
duftさんへは、お世話になっている浦川さん(デザイナーさん)の前事務所が近くにあったので、さそわれて、一緒に向かったのが最初だった。その時にduft店主のちえみさんが絵を見てくださって、気に入ってくれて、数日後、包装紙に使いたい!と連絡が来て、それに伴って花の絵の展示もしたい、とお誘いいただいて、こんどの展示が決まった。
正直、生きていて、花屋で展示する事が、しかもこんなすてきな花屋の包装紙の仕事をいただくなんて、と、ずっと驚いている。 
営業日や時間については、duftインスタグラムを見るのがいちばん確実かなと思います。
無理がない範囲で、よろしくお願いします。
(花は描き続けるので、展覧会に行きたいけど、でも、、なんて、心にもやがある方は絶対に無理せず、いつか、見ていただけたら嬉しいです。)
 
 


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花を描いていると自分の醜さをよく思い知る。
表面的にも内面的にも汚くて時々いやになる。が、自分も花と同じ命を持っている。だから、本当は花とおなじくらい美しいんだと思う。もう、自分の美しさなんて、理解出来なくていいんだとも思う。だから、花が美しいので、私も美しい、で良い。
ぐねぐねと動き回って、咲いてた花はしぼんじゃって、枯れていって、なんて描きにくいんだろう。モチーフとしてはひたすらやりにくく、でもそこに触れる事が大事だったと分かる。
何枚も花を描いてるうち生きてることを愛しいと思えるようになった。
外の世界では人となるべく距離を保ち、人に触れたら消毒をしなければならず、生きていることの美しさなんて簡単にわすれられる世の中になったと感じる。
 花を描き始めた理由は本当になんでもなかったけど、今描いてよかったと何度も心から思う。
どうかみなさんも自分や他人の美しさにすこしでも気付いて、今よりもっと大切に出来ますように。
 

2022-01-22

 
死んじゃった人実は死んでなくて全部うそっぱちでほんとはまだあの部屋で生活している気がする、みたいな、そんな感じの確信に近い生きてる気配
魂を描くというのは、その気配をみつけて追っかけるという事か

と、花を描いていて思う
花の輪郭を追っかけ、そのとおり色彩を塗ったところで、白い紙に表れる花は偽物みたいだった。
心臓にいちばんちかいところを想像する。そこには大切にかくまっている天使みたいな、ひかりがある。そーっとそれに触れる。そのあたたかさを肌でわかったときに、もう死んだっていいと思う。

2022-01-13

冒険記

先日、旅の途中の絵描きの方と吉祥寺でお会いした。その方とは絵を通して知り合った。ずいぶん昔から知っていたけど、初めてお話ししたのは去年だったか。
お会いするのは初めてだったけど、初めてじゃないみたいだった。なんでだろう?
善福寺公園の白くまるっこいベンチで、今朝焼いた蜂蜜とレモンのケーキを食べながら、今回の旅の話を聞かせてもらった。その旅は物語のように美しく、きらきらしていた。ちょうど夕暮れで、オレンジのひかりが射し込んでいた。まさにそんな、美しい旅の話だった。
私はなんだか、自分が今生きていて、肉体を持ち、話が出来る事に、…今さらそんな事に、心底嬉しくなった。
私は花の絵を一枚あげた。
秘密基地みたいな喫茶店でコーヒーを飲み、知らない音楽のCDを買ってみたりした。さようならして振り返ると、ずっと手を降ってくれる人だった。
私は心の中で、無事を祈った。おこがましいのかもしれないけど、血の繋がりはないけど、なんでか、兄ちゃんと呼びたくなった。

2022-01-06

 











2022-01-05

2022年/あたらしいうたをつくりたくて




あけましておめでとうございます。
白いチューリップは、さっき描きあげましたよ。なかなかきれいに描けたんじゃないですかね。
先日からユーチューブで忌野清志郎ちゃん聴いてます。
「恋はクギ漬けワサビ漬け」
よく聴いてます。
正月父親からウクレレをもらいました。
今年もよろしくお願いします。


これは私です。
さっき干していたタオルがふっとんでいきました。タオルなくなったんで夜に西友で買って帰ろうとおもいます。(元気です)
皆さんも元気でね。