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私の窓に、

 
(2026-8-15)

(2026-8-23)

(2026-8-25)

(2026-9-3)

(2026-9-7)
 
最後の窓辺の絵には、もともと持っていた瓶は描かずに、先日急にいただいた花瓶を描いた。しっかり終われた感じがあった。絵の中で、いまだに窓を開けられないでいるけれど、気づけば、部屋の中にも外にも、誰かの気配で満ちていた。私の窓辺には、空想じゃない、本物の夕暮れも来るらしい。きっとまた描くだろうから、その時までは守っておこう。

連続

 
(2026-7-6)
 
(2026-7-11)

(2026-7-17)

(2026-7-30)
 
(2026-8-3)
 
(2026-7-20)
 
ひとつの脆弱なかたまりを、何度もハンマーで叩く。治る。叩く。治る。叩く。治る。叩く。治る。叩く、治る、

雨が明ける

 
2026-5-29

2026-6-10

2026-6-17

2026-6-19
 
夏がくるし、しばらく花はお休みかなあと思った頃、花束をいただいた。そののなかにひとつ描きたくなる花があって、名はクレマチス、品種をプリンセス・ダイアナというらしい。しっとりした大きな葉と、可憐な花と、動き回る茎が美しかった。

片付け

 
(2026-2-14)

(2026-3-10)

(2026-5-2)

(2026-5-8)

(2026-5-21)
 
引っ越してから絵が変わった。光がよく入って、風通りのいい部屋。広いから、今まで使ってきたスケッチブックが小さく見える。そんな絵になってきたし、そんな心になってきた。新しい部屋でも変わらず、絵を描くための固定の場所や机は設けていない。絵の具や紙や水バケツは都度片付けて、まっさらな机に戻す。アトリエに憧れていたが、私には要らないようだった。使い慣れた台所と、まっさらな机と、余白があれば、それでいい(それがいい)。

 
(2026-1-23)
 
(2026-1-30)
 
(2026-1-31)
 
 (2026-2-4)
 
花屋で、茎のうねりや蕾がかわいい、絵になりそうな花を選んだ。「絵になりそうだから」という理由でモチーフを決めるのはまったく悪いことでないが、自分の制作においてはどうしてか後ろめたさがあり、結局、後日選び直した花を描いた。描かなかった花は、静かに窓辺で咲いている。かわいい蕾は開かない。葉は少し縮れてきた。もう数日したら枯れるんだと思う。血がたれるみたいに花びらが散る。 

 
(2025-12-8)
 
(2025-12-13)

(2025-12-16)

(2025-12-24)
 
(2025-12-29)
 
描いている時に花を見て感動することがほとんどなくなった。 買ってきた直後または描き終わった後に、窓辺に並んだ風景がふと目に入る時には綺麗だと思う。観察とはなんなのかいっそうわからなくなる。花を描いていて明確にわかったこと(言語化できるようなこと/揺るぎないこと)は今のところない。100枚目を超えた。

ただのハコ

 
(2025-10-5)

(2025-11-10)

(2025-11-19)

(2025-11-25)
 
長いこと放置状態で、ハコ化していた新しいパソコンに、今晩ついに切り替えたいため、万が一のことを考え、たまっていた絵の写真をUP。このパソコンには、大事な写真とか、花のスキャンデータとか、入稿データとか…、不安要素が全部つめこまれている。嫌だなあ。うまく移行できるかなあ。いっそ全部パーになって解放されたい気もするが、猫の写真がなくなったら数十年立ち直れる気がしないので、USBにしっかり保存しました。
絵とは関係のない本日の報告でした。

外は雨

 
(2025-8-26)


(2025-9-1)

(2025-9-10)

(2025-9-12)

(2025-9-17)

2月ぶりに窓辺の絵を描いたら少し頭がすっきりした

屈強な花


(2025-7-29)

(2025-8-8)

(2025-8-25) 

 (2025-8-22)
 
一昨日の晩、新しいノートに自分はどうして花を描いているのか考えるために書き連ねた。こんなところで発表することでもないのかもしれないけれど、別に表に出したくないわけでもないからなんとなく載せてみる。最近の自分は、描いた絵の意図が伝わって欲しいとか何か感じて欲しいと思わない。感じてくれたならそれはそれは嬉しい、けれど、それは絶対に目的ではない。「生きていくこと」と「ちゃんと死ぬこと」と「花を描くこと」は、自分の中で同じ意味を帯びている。それに一昨日気がついた。私は、葛藤の地獄、わからないの地獄から抜け出せなくても、感傷には浸れるだけ浸るし、物思いには耽るだけ耽るし、嘆けることはもうさんざんに嘆いて寝込むが、そんな私的なものとはおかまいなしに、とにかくどんどん描かなければいけない、そんな気分があります。

淡々と

 
(2025-6-25)
 
(2025-7-8)

(2025-7-9)
 
(2025-7-15)
 
夏は花も人間も体力ゲージの減りが早いので、少し小さめの紙に描いてみている。
途中の青が綺麗で見惚れる 途中の余韻に引き摺られる 負けてたまるかと思う
でも完成させたい気持ちはただの欲なのかもしれない とも思う 
 

 


 

晴れますように

 
(2025-5-17) 

(2025-05-27) 

(2025-05-31) 

暗い部屋は悲しくなる あしたは晴れたらいいなあ