2024-07-24

8月のちいさな展示のおしらせ



 
 
8月のちいさな展覧会のおしらせです。
東京の本屋・イトマイさんでの書籍『花』のお取り扱いを記念して、ささやかな花の展示を開きます。点数はすくなめになるかと思いますが 夏の散歩にぜひ お越しください🍉
ふかふかの椅子の上で、ゴージャスな飲み物とか、かわいいプリンとか、たべられます。


市村柚芽「花」

会期:2024年8月18日(日)-9月9日(月)
場所:書店と喫茶 本屋イトマイ
   ( 東京都板橋区常盤台1-2-5 町田ビル2F )
*営業時間とおやすみは、snsなどでご確認ください
*在廊の予定はいまのところありません

2024-07-23

仙台



















 
写真2枚目...仙台についてすぐ、ホテルのロビーで製本作業
写真8枚目...夕方から、曲線さんでの小熊さんの展示の搬入のお手伝い
写真9枚目...図録で、まちがっちゃいけない部分の誤植をおしえてくれているところ
写真13枚目...熊谷さんの手、四葉。 熊谷さんは、四葉のクローバをすぐにみつけられるらしい
写真17枚目...わたしの木彫りの熊(親子)と、すなば書房さんの熊のお人形を交換

仙台は東京より少し温度が低く、日陰に行けばとても涼しい。そして、いい風が吹いていた。とっても楽しかったのに、なにが楽しかったのか書き出そうとすると、うまくかけない。たのしかった会話の内容もおぼえてない。意識してたくさんシャッターを切ったけれどほんとうに写真でのこしておきたかった気がするシーンはなんでか残ってない。忘れてしまうんだろうな。名残惜しいけどきっとそれがいい。想定より数時間掛かった搬入のあとの打ち上げで、疲弊して身体がバキバキの中、わたしはいまここにいられてよかったと思った。

2024-07-20

いい暮らし

 

今朝、梅が届いた。
午前中、きのう買えなかった氷砂糖をスーパーまで買いに行き ( 扱ってなく、2件はしご ) 、帰ってきて、すぐに梅酒で漬けた。
 
明日仙台で合流予定の忙しそうな友人Kさんに
『製本につかう「赤い糸」を探しておいてくれたらうれしい』
と任務を授かったので、夕方に自転車をはしらせる。見上げた空の雲がとてもきれいだったけれど自転車に乗っていたから写真を撮れなかった。
はじめて伺った手芸用品店は、ちいさなおばあさんがひとりで営まれているようだった。
『なにかお探しですか』と話しかけられ
『「赤い糸」をさがしています』と伝えるのは、少しはずかしかった。
製本につかうんですけど、と言ったらいろんな素材といろんな種類の赤の糸をだしてくれた。
 
おばあさんがずっと昔に作ったというバッグがとてもすてきで、値段をたずねると変な顔をされた。
『こういうの好きなの?値段、どうしようかねえ。じゃあ、3000円かしら?』
... 他、ビーズのボンボン、選び抜いた赤い糸、を購入。
 
帰ってきて、洗濯物を取り込んで一息ついていたら、雷雨!雨が降っていても蝉は立派に鳴いている。バッグのきらきら光るみどりのビーズは、今朝の梅みたいな色だった。
 

2024-07-19

3つの瓶



『人生は、おもったより、長いんです』
どう生きていったらいいのか相談させてもらったとき、絵描きのKさんはこう言っていた。
いろいろなことを教えてもらってメモしたが、この言葉はしてなかった。
なにかをしようとするとき、ふいに 頭の中で再生される。
少しだけほどかれたようなきもちで、また静物のスケッチを描きはじめた。

2024-07-13

花のポストカードについてのご報告



花のポストカードについてのおしらせです。

発行してから二年が経ち、たいへんありがたいことに、初版分のポストカードが売り切れました。清算が済み次第、今までと変わらず記載した宛先へ寄付させていただく予定です。
しばらく売り切れ状態が続いておりましたが、このたび、重版しました。
それに伴い、いろいろな気持ちがあるのですが、寄付の活動は終了することにいたしました。

改めまして、みなさま、ご協力や、あたたかいメッセージ、どうもありがとうございました。
花のポストカードを通じてのご縁や経験を、宝物のようにおもっています。

この商品は、2022年にウクライナへの人道的支援を考えて制作したもので
『売り上げの30%をウクライナの難民支援機関へ寄付する』
という活動をうたい、販売していました。
結果、自分ひとりでは払えなかったであろう額を寄付することができました。
購入していただいた方や、ポストカードを取り扱っていただいたお店さまのおかげです。

重版後のポストカードもネットショップで販売しているので、もし興味があればのぞいてみてください。卸販売も対応いたします。
( 前回と同じく、『えほんやるすばんばんするかいしゃ』さんに今回の発行も関わっていただいています。そのため、個人でも卸でも、るすばんさんからでもご注文が可能です。お問い合わせください)

◎寄付についてのご報告 ( 随時更新 ) →『寄付についてご報告』
◎ウェブショップ→
◎えほんやるすばんばんするかいしゃ→HP

- - - - - - - - - - 

【花のポストカードの取り扱い店舗さまへ】 
初版分の花のポストカードを販売中のお店さまに関しては、引き続き、上記にも記載の通り『売り上げの30%をウクライナの難民支援機関へ寄付させていただきます』という文言を添えての販売で問題ありません。
(が、明記しなくてもかまいません)

アドレスが分かるお店さまへは上記と同じ内容のメールをご連絡させていただきましたが、どうしても分からなかったお店さまに関しては、返信不要のご報告のメールのため、SNS上のDMやLINE等だと重荷になるかな、と思い、自粛いたしました。
寄付やポストカードの件でなにかお問い合わせがあれば、気軽にご連絡ください。
直接お礼をお伝えできずすみません。この場を借りてお礼申し上げます。

2024-07-12

ももいろ味

 


昼、ざーざー雨がふってきたがすぐに止む。
洗濯物を干す。 涼しいうすくもりの日。 

予約していた病院に行ったあと、八百屋と肉屋に寄る。
ここ最近は買い出しに行く元気がなかったから、よかった。
肉屋では合い挽き肉600gと鶏胸肉2枚を買う。
こんなにたくさん買っても1000円とすこしでうれしい。
八百屋では、スーパーでは高すぎて買えずにいた玉葱を。
それから、きれいな桃色のプラムから目が離せなくなって、目を離さないままカゴにいれた。
たべたさと、描きたさがあった。
描きたさがあるとき、値段を気にせずすぐに決められる。たべたさだけで買えればいいのにとおもう。でも、描きたさもたべたさも、おんなじことのような気もする。
 
涼しいけれど動いていると暑くなって、さっき買ったプラムを早くあじわいたくなった。
帰ってきて手を洗って、そのまま台所でプラムをひとつ食べた。
 
晩、ハンバーグを作った。
それを友人に伝えると、彼女が先日5時間かけて野菜を煮詰めつくったという「ドミグラスソース」 をおすそわけしてくれると言うので、おかえしのプラムふたつをもって外に出た。
アイスもって2人でしばらく歩いた。はじめて食べるスイカバーはおもったより冷たくかたく、かじれないまま時間が経ち、溶けていった。
それが腕からしたたりべたべたになって、ひいひい言いながら歩いた。

お仕事のおしらせ

 


おしごとのおしらせです。
出版社・点滅社さんから刊行された二冊の本に寄稿させていただいています。
左『ザジ Vol.2』には漫画を、右『鬱の本』には文章を載せてもらっています。
『鬱の本』は刊行からだいぶ日が経ってしまいました。
情けないのですが、自分の文章を読み返すのが怖く、ご紹介できずにいました。
ごめんなさい。
本屋さんでみかけたら、ぜひ手にとってみてください。
 
点滅社さんはふたり出版社ですが、その2名+ご友人1名で収録している『無力映画会』というpodcastがすごく好きで、ときどき聞いています。それを聞いているとき、彼らがいる時代に生きていてよかった、としみじみすることがありました。
すごくやさしいからだとおもいます。
 
大切なご縁です。
心から感謝しています。

2024-07-05

持続するときめき / 暗黒の意思表示

 


ときメモGSのこと
ゲーム機をもっていないからプレイ映像を見ただけだけど、それでもときめきがすごい。
電源を切っても物語が終わっても(自分の場合はその動画シリーズがおわってからも)なおときめきが持続する。キャラクターはいつづけて、いつまでもときめきがある。
わたしはちゃんとときめかされつつ(?)、いつもその裏で、心底感動してしまう。いかに普段つまらないことにひっぱられて生きているか、思い知らされたようだった。いつからか、「はみでた部分」こそが「本質」だと履き違えて認識していたかもしれない。ちがう、わたしはただ、遊びたい。楽しいことが好き。楽しいを求める道中で発生したしがらみにばかり気をとられ、足ももつれて。
 ときメモGSで心の扉をこじあけられたが、オープンマインドで世の中を見たら、今までと違う景色がひろがっているんでないか、と思った。
ありがとう、ときメモGS..

高畑勲監督のドキュメンタリーのこと。
見てるだけで胃がきりきり痛むようなドキュメンタリーだったけれど、あの現場には理想的な共通意識があって、感銘を受ける。うるうるした。
その意識とは、各自の仕事との向き合い方において自主性があり、自分事として捉えているような状態のこと。映画製作に関わったすべての人たちが「これはわたしの映画だ」と言えるのは、すばらしい。
人間ファーストでなく作品ファーストであるから、人間同士はフラットな関係性に見える。音楽の久石譲さんや作画担当のアニメーターさんたちが監督に意見するシーンがあって、その姿が超眩しい。
監督の姿勢がどうこうという話ではなく、監督と周囲の人との信頼関係が、そして全体が向かっている方向が、またそれによってできた映画が、..つまりは全体が美しい、という話であって、間違ってもこれを美化してはいけないと、肝に銘じる。これを迂闊に実現すれば、あまりにも暗黒な社会になる。だから、他者に強要することではない。だから、暗黒のまわりに自然に暗黒があつまってきてほしい。わいてきてもいいとおもう。
ここで、暗黒の意思表示をしておきます。少なからずわたしは今もなお暗黒でいるので、暗黒仲間の方がいたら、なにか仕事できたらうれしいです。(急な勧誘)
 
 

▲ときメモGS3の設楽先輩の<ガラケーをうまくつかえない>シーン模写。
ぜんぜんときめけない絵しか描けず、描きながら笑ってしまう。
高畑監督の「かぐや姫の物語」の作画枚数は24万枚らしい。
わたしはそのうちのたった1枚も描けないだろう…

2024-07-01

たりないこと

 
 
 白いカーネーション。
後悔はないけれど、もっとうまく描けたらよかったのに、と、毎回すこしの未練が残る。
ほんものの花はもっと黄緑がかっていて、やさしい印象があった。
それでも描きなおしたりせず、「まあこんなもんか」と割り切って完成とさせられることに、最近あまり後ろめたさがない。
日々のすこしずつの変化。
 
白い花はむずかしい。
色のある花よりも何層も色を重ねる。
が、写真に撮ってみると塗り忘れみたいに見えておもしろい。
なにか足りない気がとてもする。 
パズルのピースみたいに、はめたくてうずうずする。