大晦日に地下鉄に乗った。みんな厚着をしていて、肩がふれる。身体がこわばる。音楽が耳に届かなくなって目をとじる。思い出すとまだ喉の奥がぎゅっとする記憶が、はらはら雪のようになって訪れる。
あの日、電車に乗る前に、駅の花屋で白い花を買った。耳たぶのやわらかさを思い出して。いそいだところであまり変わらないのに焦っていた。電車は遅く、遠く、辿りつかない。目に力を込めないと涙が溢れそうで、ぎゅっと目を瞑っていた。目の奥に涙がいっぱいになってしまって、開いたら結局溢れた。その後のことがもうよく思い出せない。バスで家まで向かったんだか、歩いたんだか走ったんだか、記憶から抜けている。亡骸の硬さと耳のももいろ、毛並みの感触、は覚えている。でも、もう断片的にしか。
寂しさはずっと変わらないかたちで心に刻まれていて、会えると言われたらすぐに走って行ってしまいたい気持ちだ。でも振り返らない。前を見る、何回でも思い出す。
忘れてしまうだろうか。正しいだろうか。わからない。わからないが、歩かなきゃ、どうしようもない。