人間

 
 
「綺麗事のなかで生きていきたいわけではない」とノートに書いた。
そもそも綺麗事をやれるほどの器をもっていないのだから当然である。
 
ないものねだりをし続けるより、少なくてもちいさくても、今もっているものに目を向けた方が、楽しいことを知っている。気づいたら「なかったもの」に接続することだってあることを、知っている。あきらめなど、戯言だ。
 
ちゃんと折り合いをつけて生きていきたいのは、暮らしとはそういうものだからだ。  
この道を通りたいのに目の前を歩く人がじゃまだったときに、だからその人を殺してみたときに、殺されたその人の「この道を通りたい」はどこに消えるんだろう。どんな理屈をもって処分されていくのだろう。運のいい人だけが強い人だけが上手な人だけが生き残る世界で、生き残った人のかたちをした生き物のなかに「人間」はいるのだろうか。

頑張りたいのは、ちゃんと自分で歩きたいからだ。
私が、私の体で、いきたい場所への一歩を踏み出せるように、歩けるように、頑張りたいと思う、頑張れと思う。