月と石と光

 
 
熱の中で描いていた絵は歪んでいた。今日は熱が下がったので、冷静に直せた。おかしくなっていたんだな。三時間感覚で力尽きるが、時間の速度はとても早かった。夕方、誰かの淹れたコーヒーが飲みたくなって久しぶりに外に出た。うすむらさきの空に小さく白い月が浮かんでいて、さっきの絵の、花瓶にさした光に似ていた。
 
チュルリョーニス (何回書いても名前を覚えられない)の展覧会の記憶は、日に日に忘れていった。きっと故郷が大好きだったんだろうなという感想と、綺麗だと思った絵たちの断片と、会場で流れていたピアノの音の耳ざわりが残っている。絵そのもののことも音楽のメロディもほとんど覚えてない。霧のように散って幸せな景色の余韻となった。
石が大好きな友達と石を拾いに行った時のこと思い出す。ちょうど一年くらい経ったらしい。私はそんなに石を愛でられないし、さんざん描いている花のことだって全然。愛するってすごいことだと思う。すごい幸せなことだと思う。それ以外何もいらないんじゃないかと思う。
本当にずっとそう思っている。 
 
宇宙に巨大な石拾いがあらわれたら月は石のように拾われるのかもしれない。小さな私には花瓶の光にしか見えなかった。