2024-08-24

花の本をまた開いてみるコーナー③

 

今日も本の続きを読んでいきます。第2弾はこちら。

このページの絵は、とても苦労しました。
観察を怠ってもフィーリングや色彩やタッチでごまかせば勝手に「絵」になってくれるから、それに甘んじて / また、枯れたら描けなくなる、という不安感から、すごいペースで絵を描いていました。が、この花を以前と同じ心情で仕上げようとすると、自惚れで甘ったれでも、さすがに見て見ぬ振りはできないほどに紙上にウソがあふれます。観察が必要でした。

観察。
これを描いているとき、目的は絵を描きあげることじゃないのかもしれないと気づいたんでした。そして、枯れるのを恐れることをやめたいと願いました。誰のため?と聞かれたら、花のため!..とか当時は思っていた記憶があります。

これまでの絵は花に理想を投影してそれを描いていただけだったんじゃないかと、観察した絵を描き終えると、改めて過去の自分への怒りとか虚無感とかがわいてきました。今、絵を見返しても全然そんな感情は沸きません。
怒濤の感情、怒濤の花たち、月日という波にずいぶん洗い流されて、もうだいぶ残ってないです。清々しさに涙が出そうになります。