2023-10-07

公転

 

最寄りの駅からバスに乗ると、数年前に住んでた家の近くを通り過ぎた
車窓から泣きながら歩いている 過去の自分が見えた気がした
(そんな気がしただけで当然居なかった)
 
しかし実際そこに居たとしても何も思わない気がした
あのとき抱えていた不安は、今抱える新しい不安に塗り替えられて
もうぼんやりとしか思い出せないから
私は今の不安のことばかりを気にして車窓を眺めていた

バスは病院に停車する
検査をしてもらったが、いつも通りとくに異常は見られなかった
とても悪い状態になっているだろう と思い込んでいたのが緩んで楽になる
 
その帰り道、もうさっきの不安など忘れて空を見た
渋い水色の空にうろこ雲
その隙間から輝きがこぼれる
ポジティブな風景を見た
不安に支配されているとき、どうして私は空を見上げなかったのだろう

.
忘れたくない記憶の断片を絵にしていたときには
他のテーマで絵を描くのが怖かった
 
ずっと昔、切り捨てるように過去と現在と未来とを設定した
その日を現在として、
そこから先は未来というような
つまり今は未来を生きているような心地でいた
過去という風船の紐を離さないために、使命感に駆られて描いた
 
今はそれを描くのをやめた
いつか帰るだろうと思いながらも
後ろを振り返ればちいさな私が泣きじゃくっているんじゃないかと思っていた

バスの車窓で過去の自分を妄想したとき
すこしだけ解放された気がした
すべては幻想だったんじゃないかと思えた
忘れることが怖かった日々がなつかしい
なんでもかんでも忘れてしまえと今は思う
 
空はだいたいいつもおかしいくらい綺麗で
そこに蝶が舞ったらどんな絵よりも美しい景色になる
光と影のコントラストはどんな物語よりもドラマチックだ
何を悲しむことがあったのか
美しい風景の中で私は 
ただ年を重ね ただ日々を流して ただ歩いている
それだけなんだった
 
嫌というほど暑苦しく粘っこい夏のことだって
この涼しい風に吹かれて歩いている内に
知らない間に忘れているだろう
そして冬が来る頃にはまた忘れて、
私はぐるぐるぐるぐるぐるぐるするだろう
いつかまた思い出すだろうか