40年の溝/ふれる




週に一回の唐揚げ屋のアルバイトで、今日は仲よしのおじちゃんと井上陽水の話で盛り上がった。片隅にあるノートパソコンで「なぜか上海」を流してにこにこした。私は一番「帰れない二人」が好きで、おじちゃんは、「傘がない」が好き(※2人ともミーハー)
その流れでかぐや姫が好きだと聞かされる。私は高校生の頃に、「22歳の別れ」をたくさん聴いていたので、また盛り上がる。40年分も生きた時間の差があるというのにこんなに喋れるのはどうしてだろう。
ギター片手に路上で歌えたらなんて気持ちいいのだろうと 帰り道夢見る。おじちゃんもきっとそう思っているだろう、ああだから話ができるのかなと思った。


本屋さんでの仕事。古い本にたくさんふれて、気付きや感動がたくさんたくさんある。
ポケットにずっとあると思っていた大切な宝物、忘れたころに、もう失くしていたことに気づいたりする。宝物は、ふたたびポケットにもどることはないけれど、古い本達は、その宝物のかがやきを思い出させてくれるような。
大正時代のものは、特に装丁が豪華な感じがする。パラフィン紙が守ってくれて、いま目の前で眩しく鮮やかな色彩。戦後まもない頃の本は、そのとき特有のやさしさをもつように感じる。「本」とはただの情報を得るためのもの…記録や知識そのものとしての存在ではなく、窓のような、場所のようなものなのだなと知る。ノックをして、ベルをならして、あいさつをして、靴をぬいで、おじゃましますをしてから家にあがらせてもらうみたいな そういう準備ができる というか、たっぷりとした時間が組み込まれたような造りの本が、とても好きだ。


勤務先の本屋さんというのは、高円寺にあります「えほんやるすばんばんするかいしゃ」さんです。ポストカードの販売をしていただいたり、ひごろからお世話になっていましたが、最近ご縁あってお手伝いさせていただいていました。
明日から数週間、上に書いたような古い上等な本達が展示(販売)されるようですので、本に興味のある方はぜひ、ぜひぜひ、ぜひぜひぜひお店へ行ってみてください。ぼろぼろのものは息をとめてやさしく扱わなければなりませんが、自分の手で本を開くこと、私などが言うことでないかもですが大変、おすすめです。


それではおやすみなさい。

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