絵や制作そのものというより、それらを社会とどうつないでいくかに興味のある方に、お読みいただけたら幸いです。
すべての活動においてというわけではありませんが、関係性としては、作家とマネージャーのようなものです。
絵はひとりで描きますが、ひとりで描いていたものを他者に見せるとき、壁や障害にぶつかります。本来なら内にとどめておくようなものを描いている認識があるので、当然と言ってよいと思います。そういう場面で、熊谷さんは、メールのやりとりや展示の企画を手伝ってくれています。ほかにも、知らない町に連れて行ってくれたり、横に歩いてくれたり。直接的でない部分でも支えてくれています。
熊谷さんから受け取っているものの一つに、毎月のサラリーがあります。売上に関わらず、いただいています。熊谷さんが関わってくれた展示での売上は、熊谷さんに入ります。厳密には、熊谷さんの所属している会社に入ります。
こういう活動を、熊谷さんは「アソブロック株式会社」での、独自の事業として行っています。
私はたくさんのものを受け取ってきました。ただ、それが何なのかを、適切に言葉にできません。絵を描くことに集中できるようになったり、一人ではできなかったことが実現できたり。安心とか、助かるとか、楽しいとか、そういう感覚はたくさんあります。それらはどれも大切です。でも、二人のあいだで目指しているのは、あるいはすでに手に入っているものの中には、それらよりももっと大きなものの気配があります。だからまだ言葉にできないのだと思います。
熊谷さんの語る「経済活動」とは、私の感じる「大切なこと」の延長線上にある、具体的なものだと感じます。少し話が逸れますが、その「大切なこと」とは、個人と個人の関係だけにとどまるものではなく、もっと大きな営みの中にあるものなのだろうと予感しています。
絵はひとりで描きますが、ひとりで描いていたものを他者に見せるとき、壁や障害にぶつかります。本来なら内にとどめておくようなものを描いている認識があるので、当然と言ってよいと思います。そういう場面で、熊谷さんは、メールのやりとりや展示の企画を手伝ってくれています。ほかにも、知らない町に連れて行ってくれたり、横に歩いてくれたり。直接的でない部分でも支えてくれています。
熊谷さんから受け取っているものの一つに、毎月のサラリーがあります。売上に関わらず、いただいています。熊谷さんが関わってくれた展示での売上は、熊谷さんに入ります。厳密には、熊谷さんの所属している会社に入ります。
こういう活動を、熊谷さんは「アソブロック株式会社」での、独自の事業として行っています。
私はたくさんのものを受け取ってきました。ただ、それが何なのかを、適切に言葉にできません。絵を描くことに集中できるようになったり、一人ではできなかったことが実現できたり。安心とか、助かるとか、楽しいとか、そういう感覚はたくさんあります。それらはどれも大切です。でも、二人のあいだで目指しているのは、あるいはすでに手に入っているものの中には、それらよりももっと大きなものの気配があります。だからまだ言葉にできないのだと思います。
熊谷さんの語る「経済活動」とは、私の感じる「大切なこと」の延長線上にある、具体的なものだと感じます。少し話が逸れますが、その「大切なこと」とは、個人と個人の関係だけにとどまるものではなく、もっと大きな営みの中にあるものなのだろうと予感しています。
関わりにおいて私が思ったことを勝手にたくさん書いてきましたが、上記は、熊谷さんが取り組んでいることの一つにすぎません。でも、私の提示した切り口から、彼女のことが気になったり、彼女の文章を読んで気持ちが傾いた方がいらっしゃいましたら、ぜひ連絡してみてください。
もっとさらりと紹介できたらよかったのですが、さらりと書こうとすると、切り捨てなければならないことが多すぎました。そんな部分を切り捨てる必要はあるのだろうかと考えると…、スマートさは捨てよう、となり、こんな文字数になってしまいました。恥ずかしいですが仕方ないですね。
私の視点から見えている彼女の仕事が、この文章を通して少しでも立体的に伝わればいいなと思います。
写真は、青森に行ったときに撮ったもの。
切手店の看板が可愛くて撮ろうとしていたら、横で熊谷さんが看板と同じポーズをしていた。「撮りたいからもう一回やってほしい」と言ったら「あなたのためにやっているわけじゃないもん…」と断られ、そうですか…と返す。撮った写真を見返したら、画面左に熊谷さんの手が写っていて、私はとても嬉しくなった。という写真です。

